脱炭素のホンネB断熱と「生活環境病」
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高血圧の原因と聞いて、何を思い浮かべるだろう。多くの人は、塩分やアルコールの過多、運動不足といった生活習慣を挙げるのではないだろうか。だが、実は、断熱性能の低い住宅で暮らすことが、高血圧を招いているのかもしれない。慶應義塾大学の伊香賀俊治教授は、住まいの寒さに起因する「生活環境病」に着目。断熱改修が居住者の健康にどう寄与するかを調査している。
断熱性能が高く、冬でも暖かい家は健康に良い。経験的には知られていたことだが、従来は国内のデータが不十分だった。伊香賀教授は、低断熱(断熱等級1〜2)の住宅を等級3〜4に改修した際の、居住者の健康状態の変化を10年間にわたって調査している。その結果、断熱改修で血圧が平均して3・1ミリHg下がることを確認できた。脳卒中や冠動脈疾患による死亡リスクの低減が期待できる水準だという。
そもそも、国内の住宅のうち65%は低断熱住宅となっている。WHOは冬でも室温18度以上とすることを勧告しているものの、伊香賀教授の調査ではこの基準を満たさない住まいが9割に上る。北海道は平均19・8度だったのに対し、香川県が13・1度となるなど、地域差が顕著なことも明らかになった。
伊香賀教授は、室温18度を下回ると「健康リスクの高い住宅と言えてしまう」と指摘する。調査では、18度未満の住宅で暮らす人はそうでない人と比べて、悪玉コレステロールが基準値を超えるリスクが1・7倍になることが分かった。心電図で異常が認められる割合も1・8倍だったという。夜間に繰り返しトイレに起きることによる睡眠の質の低下や、身体活動量の減少による筋力の衰えなど、低断熱が及ぼす悪影響は多岐にわたる。
裏を返せば、これらのリスクは断熱改修で低減できるということだ。健康指導では、塩分や酒量を控えたり、運動を促したりといった生活習慣の改善が基本となっているが、「家を暖かくする意義を、根拠を持って示せた」と伊香賀教授は強調する。5月に国が発表した健康増進の指針「健康日本21」(第3次)にも、建築・住宅分野との連携が初めて明記された。
建築分野の脱炭素化を巡っては、膨大な既築住宅の省エネ改修をいかに促すかが課題となっている。伊香賀教授は自身の研究を踏まえ「『地球環境のためではなく、自分や家族の健康のために高断熱化する』という打ち出し方ができるのでは」と投げ掛ける。
中古住宅に価格の付きにくい日本では、いったん建てた家にさらに投資しようとする人は少ない。断熱改修による、環境と健康の両面での価値向上が広く認知されれば、こうした現状の突破口となるかもしれない。「エコで健康な住まい」の価値をいかに発信するか、建設業界にも工夫が求められる。